僕は仕事(リハビリとか)の失敗談を惜しみなく話すことを誓います

身内、友人や職場の同僚・上司など、いろんな人の話を聞くことがあるでしょう。
そのなかで、僕が勝手に考えるもっとも聞くのがしんどい話題は、自慢話です。
「僕はこうしたから成功したよ!(だから、君も僕のようにしたらいいんだよ)」
こんなニオイのする話を聞くたびに、心が疲れていました。
人の自慢話を聞くたびに
「へぇ~、で?」
と心のなかでぼやく毎日でしたね。
自分なりに話を膨らませて役立てようとしていましたが、脱サラ直前にはもうまったく聞く気も起きませんでした。
ドヤ顔で成功談を語る人を見て、いつも冷めた目でみてしまう。
失敗談の方が笑えて面白くなるのになぁなんて思いながら聞いていましたよ。
ということで、僕は、失敗談の方をできるだけ面白く紹介していきます。
#リスク管理の失敗… 不信感を抱かれるきっかけとなった一件
訪問リハビリのお話です。
結論から話すと、入院レベルの肺炎を見逃してのうのうとROMして終了したことがあります。
社会人1年目くらいの話ですね。
寝たきり・ADL全介助レベルの利用者さんの訪問で、なんか痰がからんでいるといった状態でした。
ただ、血圧は著変なしも、呼吸数が30回/分以上ありましたね。
たしか、微熱もあったはず。
肺炎のサイン出まくりの状態でしたが、当時の僕は聴診器を使用せずSpo2の測定もなしに、身体をチョイチョイと動かしただけでリハビリ終了したのです。
その日のうちに状態が悪化し、管理者が急遽利用者に呼び出され、救急搬送の運びとなりました。
一命は取り留められたそうでした。
あとで管理者に呼び出され、僕は、めちゃくちゃ怒られた。
そりゃそうだよね、見逃しすぎ、無責任すぎるって話ですよ。
「何のために訪問したの?」
何か不安があれば報連相しないといけないってのを痛感した事件でしたね。
#職場のだれにもまともに相談できない
新人時代の僕は、ろくに相談できる人がいませんでした。
そもそも、僕自身何を相談すればいいのかうまく言葉にできなかったのです。
そんな状態で先輩方に話しかけると、たいていイライラされました。
質問すると、「僕らは辞書じゃないんだよ」とバッサリ切られるので、余計に話づらくなる。
新人の僕にとって、次第に事務所が苦痛で仕方なくなりました。
訪問で外回りしたあと、事務所に帰るのがとてもおっくうに感じるのです。
事務所にいるのがいやすぎて、頻繁にガソリン交換に出向いていましたね。
ただ、定時になってもダラダラ事務所に溜まっているので帰ることができませんでした。
そのダラダラタイムでも、僕は先輩方のお話を聞くフリをするだけ。
相談なんかできる雰囲気じゃない。
僕が発言したら、すぐ怒られる。
だから、ひとりコソコソ勉強するしかなかったのです。
この勉強が正しいのかもわからないまま、がむしゃらに本を読んでいました。
#そして出来あがった脱サラ理学療法士
職場を辞めることになってからというもの、いろいろ思い出せば出すほどアホらしく思えてきますね。
なんであんなに怖がっていたのだろうと。
冷静に考えれば、何もビビることはないのに。
物おじなんてせずに、もっと堂々と仕事すればよかった。
自分の意見を発信すればよかったんですよね。
振り返れば、当時の恐れなんてちっぽけなものです。
もっと自由な世界がある、その事実を知れて、どれだけ心が救われたことでしょう。
僕の最大の失敗は、権威に頼り過ぎたということです。
自分の意見を持てなかったということです。
どれだけ幼稚な意見だろうが、自分の意見であれば主張していくべきなんです。
そうしないと、思いがカタチを失ってしまいます。
僕は、意見を発信しない習慣がついてしまうことで、仕事上の人間関係作りに失敗しました。
恐れずに、自分を表現しましょう。
それを否定されることを怖がっては、僕のように失敗します。
ドロップアウト系の理学療法士として、それは声を大にして伝えていきたいと思います。
あら、重苦しい記事になってしまいましたか?
気軽に触れていこうとしたんですけどね。
まぁ、それだけ仕事の思い出になると熱が入ってしまうってことで、ご容赦くだされ…
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