ライティングでつまづいています

日常・雑記

どうも、脱サラ理学療法士のぼんぼりです。

ドロップアウト元年となった2018年も、残すところあと2週間ほどとなりました。

毎年この時期になると、自分が何をできたのか、何をしてきたのか振り返るのですが、今年の冬ほど自分の手札の少なさに愕然とした年はないですね。

まぁ、ないです。

「ないないなんて言っているとあるものも見えてこないよ」なんて言われるかもしれませんが、本当にありません。

ライティングだって、副業でしているときは「これこそ僕の天職じゃないの?」なんて思っていましたが、いざ脱サラしてみると、まぁ仕事がもらえないです。

ライターとして活動することの厳しさを味わっていますね。

このへんの自己分析、なんで仕事がないのかを自分なりに分析してみました。

内容が薄くなりがち

もう、このひとことだけで記事が終わるといってもいいでしょう。

書いているときは、ない知識をしぼり出して、調べた情報をなんとかまとめてアレンジするなどして手間をかけているので、いかにも素晴らしい文章を書いているかのように錯覚してしまうのです。

それが、一旦距離を置いて他人の文章と比べてみると、書いてある情報量が少ないんですよね。

「あ、それはわかっているんだけでも、それで?」

ってなるような文章です。

これまでの記事でお金についても突っ込んでいますが、やっぱり素人目線なんですよね。

内部事情なんて知らないし、それを教えてくれる人もいません。

興味がある分野でもそんななので、知らない分野のことをライティングするとなると、それはそれは多大な労力になるのです。

知識がない

髪の毛が薄いだけならまだしも、文章の内容まで薄くなるともう救いようがありません。

記事の内容が薄くなるのも、そもそも知識がないんですよね。

知識がないから、出すものもありません。

自分にないものを、よそから取り入れてちょっと加工してまとめてまたよそに渡すみたいな感じになっています。

こういった作業が、ほんと苦痛なんですよね。

なぜなら、こういった作業は誰にでもできてしまうから。

誰にでもできるから、淘汰されるのです。

だから、自分にしか書けないものを作りたいと思っているのですが、なかなかカタチにはなりませんね。

で、自分らしさを求めると、まったくお金につながらないのです。

なら、せめて自分の強みにつながるような仕事がしたいとも思うのですが、そういった仕事にはそれ相応の知識・技術が求められます。

中途半端なんですよね。

それでも書き続けているのは、筆をとめてしまうと何も残らなくなるから

僕は、がむしゃらに自分の言葉を発信しています。

他人に学ぶことはありますが、それでも言葉をコピーしてしまうようになると、ライターとしての自分の輪郭がなくなりそうな気がするのです。

コピーをするんじゃなくて、僕なりのフィルターを通して、有益かつ楽しんでもらえるような情報を発信していきます。

他人の名前で家を建てても、何も残りませんからね。

自分の名前で家を作りたいんですよ。

そうやって初めて実績が積み重なっていくと思うんですよ。

ですから、僕は筆をとめません。

うすっぺらい記事だろうが、少なくとも、これは僕自身の言葉ですからね。

あぁ~、お金ほしいなぁ( ´∀` )

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