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  • あの頃の夢にただいまを

    あの頃の夢にただいまを

    どうも、脱サラ理学療法士のぼんぼりです。

    介護業界しか理学療法士していませんでしたが、ちょっと整形外科医院への転職を目論んでいます。

    というのも、理学療法士としての僕の原点は、この地域の整形外科医院なんですよね。

    暗い先行きに絶望して理学療法士として働くことを辞めようとしましたが、しのごの言っていられない状況なのでもう一度復活します。

    で、いろいろ職場を探している中で、自分がどうして理学療法士になったのかを考える機会があり、なおかつ当時の夢をやっとカタチにできそうなので記事にしておきましょう。

    理学療法士としての原点を思い出した

    そもそも、なぜ僕が理学療法士になろうと思ったのか。

    それは、学生時代の野球でケガをしたときに、受診したクリニックでのリハビリが良かったからです。

    通うたびに、なぜかワクワクしました。

    このリハビリが終わったら、僕はどれだけ強くなっているんだろうとか妄想しながら、指導されたストレッチをひたすらやり続けていましたね。

    その結果、かなり遠投の飛距離は伸びました。

    投球動作時の違和感も、その当時はなくなりましたね。

    肘・肩を痛めていましたが、その痛みが治るだけじゃなく、パフォーマンスまで向上してしまうというリハビリのすごさに感動したのを覚えています。

    きっかけはそれなんですよね。

    そのリハビリをしてくれる人たちが理学療法士だということを知ったのは、高校進学の直前くらいだったかな。

    高校に上がってからはあまり痛みやケガをしても、しきりに病院に行こうと思えませんでした。

    ケガで休むということに、猛烈な罪悪感があったからです。

    罪悪感だけでなく、ケガで休んでいる人間に対しての対応っていうのは、冷たいものでしたからね。

    部内では、痛みをおしてでも練習し続けるやつ、ケガをしても頑張るやつっていうのが美徳のような風潮がありましたから。

    まさに、根性論の悪い部分がもろに生徒を侵しているような集まりでしたね。

    そもそも休みがないので、病院に行く時間もとれませんでした。

    結局、自己流の筋トレ&練習法でやり続けて肩を痛め、足も痛め、グダグダのまま高校生活を終わることになりましたね。

    アラサーになった今でも、呪いのように夢をみることがあります。

    もうちょっと人の身体にやさしい部活であったなら、少しは違ったのかなと思いますが、まぁ、今更ですよね。

    今、僕がその高校時代に戻れるのであれば、練習メニュー一式とっかえて、個別メニューを組んで丁寧に指導していきたいです。

    原動力は「コンプレックス」

    高校の部活動で味わった無力感は、時間がたつにつれてコンプレックスに変わりました。

    なぜか、野球をバリバリやってましたっていう人をみると、引け目を感じてしまうんですよね。

    「僕にはできないことを、この人たちはいとも簡単にやっていたんだな、かなわないなぁ」なんて思いながら、どこかで「負けている感」を感じながら過ごしていました。

    この負けている感をずっと抱えていると、やがて「こんな気持ちを他の子どもには味わってほしくないな」と思うようになりましたね。

    そこから、理学療法士として働くようになって、段々この思いは強くなりました。

    なので、訪問で高齢者のリハビリが終わって孫さんなんかが素振りしていると、いろいろアドバイスしたくなる気持ちでうずうずしていたんです。

    実際に指導することはありませんでしたけどね。

    こんな感じで、僕のコンプレックスは思わぬ方向に働きかけるようになってきたんです。

    新卒では勢いにかられ介護分野へ

    ここまでいろいろ語りましたが「じゃあなんで新卒でクリニックに入職しなかったの?」という疑問があるかもしれませんね。

    たしかに、これまで語ってきた流れからすると、一番理想に近い働き方は整形外科クリニックで働くことといえそうです。

    なぜそうしなかったのかというと、シンプルに業界のことがわかっていなかったというのが理由です。

    理学療法士として働くということがどういうことなのか、何がしたいのか、はっきりわからないまま実習を乗り越えて卒業してしまったんですね。

    学校生活や実習を通して、自分のやりたいコトがかなりぼやけてしまっていました。

    あと、変に「病院よりは地域リハ」みたいな考えもあったので、新卒から介護業界に飛び込むことになったんです。

    で、そこからはボッコボコに打ちのめされて、給料も上がらず、業界の風当りもきつくなりーので理学療法士という仕事が心底嫌になってしまいました。

    勢いで動くと、失敗するんですよね。

    「何が儲かるか」じゃなくて「何がしたいか」で動く

    おそらく前の職場は、お金ももらえず自分のしたいことでもない仕事しかしていなかったんだと思います。

    したいどころか、したくないことをしていましたね。

    これは、自分に芯がなかったのが大きいです。

    きちんと自責の念で物事を判断してこなかったツケでしょう。

    お金とやりがいを天秤にかけると、やっぱりお金のほうが大事だとは思います。

    でも、何がしたいかがはっきりしていないと、お金をもらっていても結局は破綻しちゃうとも思うんですよ。

    僕の場合、人に流された判断は、いつか破綻する。

    この事実に、アラサーになってやっと気づきました。

    おわりに:もう周りに流されずに生きていく

    周りと協調することは大事ですが、自分の大事な部分は他人に委ねることはしてはいけないと、強く思いました。

    なので、今度の転職は100%僕の意思で決めていきますよ。

    昔の夢にもう一度挑戦できるチャンスですから、ぜひ決めたいところです。

    ※6/19日追記

    残念ながら、整形外科クリニックへの転職は断念しました…

    やっぱり経験が活かせる訪問看護事業のほうが需要ありますね。

    夢は一旦置いといて、目先の安定をはかりましょう。

    正社員で働きながらでもできることはありますからね…

    それにしても正社員、マジでありがたい…

  • 身体の知識ない人がスポーツの指導者なんかすなって話

    身体の知識ない人がスポーツの指導者なんかすなって話

    どうも、脱サラ理学療法士のぼんぼりです。

    ぜんぜん脱サラしていませんが、そのうち脱サラして頑張ろうと目論んでおります。

    まずは夢より目先のお金をとることにしましょう。

    妄想より食欲です。

    それはさておき、ちょっとしたスポーツの事情を伺ったので記事にしておきますね。

    聞いていてとても残念な気持ちになる話でしたので。

    診断名が出るまで休みを取らせない時点で手遅れ

    整形外科クリニックに外来で来る子どもで、部活動や地域のチームに入ってスポーツをしている子どもたちが多いそうです。

    その子たちの状況を聞いたのですが、結構悲惨な状況で、一度ケガをすると、もうほぼ治す間もなく練習しているそうですね。

    痛めた身体で、無理をして練習を続けて、どうにもならなくなったところで受診というケースが多いそうです。

    で、治療期間が終わるまでもなく来院しなくなると。

    理由は「練習を休めないから」だそうな。

    理不尽極まりない話です。

    ブラック企業でももうちょっとマシな対応ですよ。

    スポーツにおいて、ケガってプレーに直接かかわることです。

    で、ケガは実生活も影響しますよね。

    足のケガをしたら、当然歩くのに困ります。

    なのに、練習休めないっていうのはどういうことでしょうか。

    多少の負担であれば辛抱して練習するといった気概も時には必要なのでしょうが、明らかに外傷の所見がみられるのに受診が許されないっていうのは、おかしすぎます。

    まるで、その活動に命を捧げているかのような、ちょっと行き過ぎた指導ですよね。

    そんな指導体制だからケガに悩む子どもが増えるんですよ。

    理不尽な指導でケガをした子どもが、どれだけツラい思いをするか、指導者や保護者の人たちはわかっているんでしょうか?

    子どものスポーツこそ予防がすべて

    近年、理学療法士・作業療法士業界では予防医療の重要性が叫ばれています。

    たしかに、骨が変形してからじゃあ遅い、靭帯や腱が断裂してからじゃあ遅いので、そうなる前にしっかり予防しようとなるのは当然の流れでしょう。

    でも、もっとさかのぼってみると、子ども時代の無理が将来的な身体の脆弱性につながっている可能性もありますよ。

    そこまで長期的にモニタリングした研究論文なんて僕はみたことありませんが、話を聞いていると「昔はバレーで膝を痛めたのよ」といっているおばあちゃんがもれなく変形性膝関節症を患っているなんてのをみると、問題の発端は子ども時代の無理な動きにあると思わざるを得ません。

    将来的な影響はもちろん、ケガによっていろいろな状況が悪化するという現実をもっと指導者・保護者が考えるべきではないでしょうか。

    子どもがケガをする→練習を休む→周囲の連中が冷ややかな目で見てくる(ひとりだけ練習を休んでいるので、プレッシャーをかけてくるやつがいる)→人間関係が悪化する→無理してでも練習に参加する→ケガが悪化してどうしようもない状況になる

    こういった負のループは一例です。

    というか、過去の僕自身の状況ですね。

    僕の場合、痛みはあるのですが慢性的で目立った外傷ではないので、余計に周りから疑いの目を向けられていたというのもあります。

    なので、当時は結構嫌われていたと思いますよ。

    「アイツだけ休みやがって」「どうせ、お前は練習参加してないもんな」

    ケガをして地味にツラいのが、こういった人間関係の悪化なんです。

    ちなみに、部活動の顧問は練習に休みの日を設けることはほぼしないという昔ながらの根性論者でした。

    ちょっと過激な言葉になりますが、僕個人としては、子どもへの配慮が皆無な根性論者は根絶やしにしてやりたいですね!

    ブラック上司と変わりないですよ、そんなの。

    根性は重要な要素ではありますが、根性論につぶされてしまう人もいるんですよ。

    気持ちだけで乗り切れない壁は、あると思います。

    自責で乗り切れる人は別ですが、それを他人に押し付けるのははなはだおかしい。

    スポーツは、ブラック社員養成所じゃないんですからね。

    指導者と保護者はそのことをよくよく自覚しておいてほしいです。

    それを、しっかり子どもに教えてあげてください。

    そうすれば、子どもはケガをした相手にも少しは優しくなれるでしょう。

    おわりに:人を導く人が人を壊している状況に絶望しかない

    医療リテラシーがない人が、身体を扱う仕事をしていることは本当に絶望しかないですよ。

    せめて、きちんとしたコーチングを導入するとかしないと、不幸な子どもが増えるだけです。

    ケガした子ども、身体の不調が理解されない子どもがどれだけつらい思いをすることになるか、わかりますかね。

    その子どもを追い込む環境を作っているのは、監督やコーチに他なりませんからね。

    なので、僕は本当に部活動の無責任な根性論が大嫌いなんです。

    根性は大切ですけど、身体に対しての責任感は持っておいてほしいですね。

    大変な仕事ということもわかりますが、それとこれとは話が別です。

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