ショートストーリー 〜名刺のない営業〜

ショートストーリー                  〜名刺のない営業〜

※このお話はほぼフィクションです

-これからお伝えするのは、個人会社の自販機業者の話です-

そこの営業マンは、自分の名前と会社を顧客に覚えてもらえずに困り果てていました。

ある店舗では、自販機の営業をかけても別業者のことしか記憶にないようで、何度会っても名刺を渡すことになるのです。

再訪すると「すいません、名刺もらえますか?」と言われ、それをもう5、6回は繰り返していました。

電話連絡を受けても、別業者の名前で問い合わせが来る始末で、もう自分たちの会社が適当な扱いを受けていることは明らかだったのです。

それをどうにかしようと考えたときに目についたのは、自販機に溜まった虫を掃除するお客の姿。

掃除機でガリガリ強引に吸い取るものですから、自販機が傷んでしまいます。

そこから営業マンは、名刺を渡すのをやめました。

代わりに、お客さんから雑巾を借りて、自販機の清掃サービスを無料ですることにしたのです。

すると、もう一度お客さんから名刺をもらえないかと聞かれました。

そうして改めて渡した名刺は、事務所のボードにしっかりテープで固定されたのです。

その日を堺に、お客さんは名前を覚えてくれました。

それだけでなく、そのお客さんが清掃サービスを他のお客に口コミで広げてくれたのです。

それからというもの、その会社では、名刺は後出しにしておき、まずは自販機の掃除をするという営業スタイルが主流になりました。

その甲斐あってか、地域のほぼ8割がその会社の自販機を利用するようになり、大きな会社になったのです。

〜それから幾年たち、その手法を真似して別会社のスタッフも自販機の清掃を営業に取り入れるようになっていました。

しかし、そこのスタッフは、言われるがままに掃除するだけで、お客の目に触れないことに不満を持っていたのです。

そのスタッフは熱心な営業マンで成績もよく、会社の中でも一際目立つ存在でした。

「人目につかないのに掃除なんて、営業になりませんよ」

同僚によくそう話していたそうです。

そこでそのスタッフは、掃除の前に空き缶を床に打ち付けて音を出すようにしました。

空き缶なんてどうせ飲んだらすぐ捨てられるし、誰も気にしないと考えていたのです。

音を聞きつけた顧客は、気になって様子を見に来るので掃除をしているスタッフと顔を合わせるようになりました。

最初は、顧客と話す機会が増えたためか営業成績も右肩上がり。

しかし、ある日顧客はスタッフが空き缶を床に打ち付けている場面を見てしまったのです。

自分の商品をないがしろにされたと感じた顧客は、怒りに怒ってクレームを出してきました。

それから、会社の悪評が広まってしまい、営業成績は目に見えて下がる始末。

即座にそのスタッフを営業から外し、謝罪回りで何とか事態は収まりました。

これまでの信頼関係からも、いちスタッフの失態ということで事が片付いたのです。

会社への損害はまだ少なくて済みましたが、失った顧客は二度と戻ってきませんでした。

責任を感じたそのスタッフは、会社を辞めようと社長に直々に辞表を渡しました。

しかし、社長はその辞表を受け取りません。

代わりに「会わせたい人がいるから、仕事終わりに少し時間を空けておいてくれ」といいました。

そして約束の時間に社長室を訪れると、車椅子の高齢男性と社長が居ました。

「よく来てくれたね!君の話は聞いているよ!」

男性のハツラツとした声、挨拶。

「〇〇君、この方は最大手の自動販売機会社の元会長なんだよ」

それから、その元会長が自販機の掃除という営業手法の発案者ということを聞かされたのです。

そして元会長からの一言。

「天知る、地知る、我知る、人知るという言葉がある。自分のやったことはすぐには人には知られない。良いことも悪いことも、人に知られるのは最後なんだよ。どんなことでも、その道のりがあるんだから、焦りなさんな」

そのスタッフは辞表を取り下げ、地道で丁寧な仕事を徹底して継続するようになりました。

そのスタッフが自販機の会社の社長になるのは、もう少し後の話です。

…いつでも、人に知られるのは最後なんですよね〜。

ブログもこんな心構えで地道に取り組んでいきたいもんです。